横浜地方裁判所 昭和39年(行ウ)17号 判決 1966年2月28日
神奈川県秦野市曽屋二九三九番地
原告
有限会社 新貴亭
右代表者代表取締役
山田初子
右訴訟代理人弁護士
増本一彦
神奈川県平塚市平塚三六〇九番地
被告
平塚税務署長
栗田直彦
右指定代理人検事
真鍋薫
同
法務事務官 石塚重夫
同
大蔵事務官 松富善行
同
小林良一
同
中井昭
同
青木茂雄
同
近藤一久
右当事者間の昭和三九年(行ウ)第一七号異議申立棄却決定取消請求事件について、当裁所は判次のとおり判決する。
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
(原告)
1 被告が原告に対し、昭和三九年六月二六日付でなした「昭和三七年五月一日から昭和三八年四月三〇日までの事業年度分法人税額の更正処分及び加算税の賦課決定処分に対する異議申立」の棄却決定(平直法第二一号)を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者双方の主張
一、争いのない事実
1 被告は、白色申告法人である原告に対し、昭和三九年三月二一日付で、昭和三七年五月一日から昭年三八年四月三〇日までの事業年度分法人税額の更正処分及び加算税の賦課決定処分(以下この各処分を原処分という)をなした。
2 原告は被告に対し、昭和三九年四月二一日付で、不服事由を「(1)山田初子個人預金計上洩六〇五、一九九円及び二六、〇四七円につき、個人預金の期首期末の増減をみて、預金可能額を差引いたという決定であるが、更正総額を売上に加算すると粗利益率が二五・七パーセントになり、食肉販売業の常識をこえた決定である。(2)貸付金一〇〇、〇〇〇円はない。」と記載して、原処分の取消を求める異議申立(以下本件異議申立という)をし、被告は同年六月二六日右申立の棄却決定(平直法第二一号、以下本件決定という)をした。
3 本件決定には次の理由が記載されている。
「申立人は(1)山田初子個人預金計上洩六〇五、一九九円及び二六、〇四七円個人預金の期首期末の増減をみて預金可能額を差引いたという決定で、更正総額を売上に加算すると粗利益率が二五、七パーセントになり、食肉販売業の常識をこえたものというが、すべて代表者山田初子の供述によるものであり、当署の調査時の確認において判然としている事実である。食肉販売業の常識をこえた粗利益率二五・七パーセントには関係していないので申立を棄却する。(2)貸付金一〇〇、〇〇〇円はないというが、これも代表者山田初子の供述によるもので、申立人の主張には根拠がないので申立を棄却する。」
4 行政不服審査法第四条第一項、国税通則法第七九条第五項によると、異議申立に対する決定(本件決定)については審査請求ができないので、原告は東京国税局長に対し、本件決定後の原処分につき、本件異議申立と同一の不服事由を含む審査請求をし、昭和四〇年九月一七日付で、別紙記載のとおり原処分の一部取消裁決があつた。
二、争点
(原告)
(一) 本件決定は理由不備の違法があるから、取消を求める。
1 行政不服審査法第四八条、第四一条第一項は、異議申立に対する決定に理由を附記することを要求している。これは決定機関の判断を慎重にし、その恣意に陥入ることを防ぎ、決定の公正を保障するためである。従つて附記すべき理由は、申立人の不服申立事由に対応し、その結論に到達した過程を明示しなければならない。
2 本件異議申立てにおける原告の不服事由につき、本件決定の附記理由では、山田初子の個人預金可能額を、その預金の期首期末高から推計した根拠及びその数額、被告の主張する粗利益率及び原告に対する更正所得額の根拠、貸付金を認めた理由並びにこれらの根拠資料の具体的内容を明示していない。
よつて本件決定理由は、原告の不服事由に対応せず、その結論に到達した過程が不明で、理由不備である。
3 行政庁は自己のなした処分の根拠を、被処分者の不服申立事由及びその態度如何に拘らず、明示する義務がある。
4 原告は被告に対し、本件異議申立前後に原処分をなした理由を再三質したが被告はその説明を拒否した。
更に被告は本件決定の審理中、その義務である補正命令(行政不服審査法第二一条)もなさず、本件異議申立に伴う原告の主張立証活動を制限した。そのため原告は原処分理由を知り得ず、本件異議申立を余議なくされた。斯る場合は、特に具体的な原処分理由を明示すべきである。
(二) 仮に審査請求に対する裁決の理由附記が十分であるとしても、本件決定の違法性は消滅しない。
1 審査請求は原処分を審査の対象とし、本件決定を対象としていないから、その裁決が本件決定に影響を及ぼすいわれはない。
2 行政不服審査法第四八条、第四一条第一項の趣旨は、異議申立に対する決定に関し、他の書面等によつて決定理由が推知できる場合でも、決定書自体に適法な理由の記載されることを効力要件としていると解されるから、審査請求に対する裁決理由が本件決定の理由不備を補正することはない。
3 審査請求に対する裁決は、実質的には第三者機関である協議団の判断に基く(国税通則法第八三条)もので原告は納税者として、原処分庁である被告自身の判断理由を求める権利がある。
(三) (訴の利益)
本訴において本件決定が取消されると、被告はあらためて本件異議申立に対する決定をしなければならず(行政事件訴訟法第三三条第二項)、右異議申立が当然審査請求とみなされることはない。そうすると被告は、本件異議申立につき十分な理由附記のある決定をなさねばならず、従つて原処分に対する再度の審理も可能となり、原処分が再更正される余地を生じ、、而も十分な理由附記により原告は原処分の取消等を訴求する際の攻撃防禦方法を獲得できるから、本訴は訴の利益がある。
(被告)
(一) 本件決定は原告の不服事由に対応した理由附記があり、適法である。
1 同法第一五条第一項第四号は、不服申立に際し、その趣旨及び理由を記載することを要求している。これは行政処分の大量性、回帰性という特殊性に基き、行政救済制度の悪用、濫用を防ぐためである。従つて附記すべき理由は、申立人の不服事由が具体的であるか否かにより異なる。
2 原色の不服事由は、売上入金額と認定された山田初子個人名義預金中、どの部分の幾何の金額が純粋の個人預金であるか、貸付金不存在の理由等を明示せず、証拠資料も一切提出していない。斯る抽象的な不服事由に対しては、判断の過程を詳細に説示する必要がなく、簡潔な理由と結論を示せば足り、本件決定はこれに沿う必要十分な理由附記がある。
3 原告は白色申告法人であるから、本件異議申立前に原処分のなされた理由を、被告が開示する義務はない。
4 原告が被告に原処分理由を質したことはなく、却つて原告は原処分に対する具体的不服事由を推知できたのに、これを明確にすることを回避し、本件決定の審理過程で被告の釈明に応ぜず、調査活動を妨害した。
斯る場合は、真摯な行政救済制度の利用と認められないから、決定理由も結論のみを示せば足りる。
なお補正命令を出さなくとも、審理内容を充実すれば、足りるから、これが本件決定の違法原因とはならないし、被告は慎重な書面調査、反面調査等を行つた結果、本件決定の結論に達した。
(二) 仮に本件決定に理由不備の違法が存するとしても、別紙記載のとおり原告のなした審査請求の一部取消裁決において、詳細な理由附記があるから本件決定の違法性は消滅した。
よつて本訴請求は失当である。
(三) (同上)
本訴において本件決定が取消されると、本件異議申立の段階に戻り、右申立は当然原処分に対する審査請求とみなされる(国税通則法第八〇条第一項第一号)。ところが先に原告からなされた原処分に対する審査請求は、既に一部取消の裁決があつたから、右の審査請求とみなされる申立は、二重請求となり、審査庁において実体的判断をされず、却下されることになる。
そうすると本訴で本件決定を取消す法律上の実益は存しないから、本訴は訴の利益を欠き不適法である。
第三、証拠
(原告)
甲第一ないし第七号証(但し第五ないし第七号証はいずれも写)を提出。
乙号各証の成立を認める。
(被告)
乙第一ないし第三号証、第四ないし第六号証の各一、二、第七号証を提出。
甲号各証の成立但し第五ないし第七号証は原本の存在共を認める。
理由
本訴の争点中(三)の訴の利益につき判断する。
原処分につき、原告から東京国税局長に対し、本件異議申立と同一の不服事由を含む審査請求(以下先行審査請求という)がなされ、これを一部取消す裁決のあつたことは当事者間に争いがなく、右裁決が本訴の口頭弁論終結前になされたことは、本訴の経過に照し顕著である。
ところで、仮に本訴で理由不備の違法があるとして本件決定を取消し、これが確定すれば本件異議申立の段階に戻り(行政事件訴訟法第三三条第二項)、本訴の提起が本件異議申立の翌日から三月を経過していることは本件記録上明らかであるから、右申立は当然審査請求とみなされ(国税通則法第八〇条第一項第一号、みなす審査請求)、被告の決定を経ずに審査庁(東京国税局長)に係属する。
この場合前示係行審査請求に対する審査庁の実体的判断(取消、変更、棄却裁決)がなされていなければ、みなす審査請求は先行審査請求の不服事由の追加的変更と解すべきで、而も審査庁は右取消判決に拘束される(行政事件訴訟法第三三条第一項)から、これと牴触するような裁決理由を示すことはできず、従つて本訴が訴の利益を有することは明白である。
けれども既に先行審査請求に実体的裁決がなされている場合、右取消判決はその裁決を取消すものでないから、審査庁はその裁決の不可変更力に拘束され、みなす審査請求に再度実体的判断をなすことなく、却下する(行政不服審査法第四〇条第一項)ものと解される。
もつとも右実体的裁決が取消裁決ならば、被告はこれに拘束される(行政不服審査法第四三条)けれども、その裁決後に裁決の趣旨を超えない範囲で原処分につき任意の再審理をし、明白な誤認を見出したような場合は、被告の本来の権限に基いてなお更正処分をすることを妨げるものではなく、またみなす審査請求が前示のとおり審査庁で却下されるとしても、右再審理等の可能性が全くないとはいえない。
然しながら右再審理等の可能性は、本件決定を取消す判決により法律上当然生ずるものではなく、取消判決の有無に拘らず事実上存在するものに過ぎない。
そうすると右可能性の存在をもつて、本件決定の取消判決を受ける法律上の利益ないし必要があるとはいえないから、本訴は訴の利益を欠くというべきである。
よつて、本件訴を不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石橋三二 裁判官 土井博子 裁判官 斉藤裕三)
別紙
裁決
別紙のとおり更正処分および重加算税ならびに過少申告加算税の賦課決定処分の一部を取り消す。
裁決の理由
1 昭和三九年七月二二日当局協議団が受付けた、審査請求書記載の請求の趣旨において昭和三七年五月一日から昭和三八年四月三〇日にいたる事業年度の法人税および加算税に関する異議申立てに対する棄却処分を取り消すよう請求しているが、行政不服審査法第四条第一項および国税通則法第七九条第五項の定めるとおり、異議決定処分については審査請求が認められていないので、この点に関する請求には理由がない。
2 同審査請求書記載の請求の理由において「異議の申立に対して強いて、その内容を知らせず、一方的に棄却したのは納税者の権利を著しく蹂躙した。)という理由をあげて、原処分および異議決定処分の取消を求めているが、平塚税務署長の行なつた原処分および異議決定処分はいずれも税法、行政不服審査法あるいは国税通則法等所定の手続にしたがつて適正になされたものである。この点に関する請求人の主張にも理由がない。
3 同審査請求書記載の請求の理由gにおいて異議決定の付記理由が十分でなく、違法であるから、原処分を取り消せという趣旨の請求をしているが、かりに異議決定の付記理由が十分でないとしても、そのことは原処分の違法事由たり得るものではないと解されるから、請求人のこの点に関する主張にも理由がない。
4 同審査請求書記載のおよび5の3点(「3教示の有無」「4閲覧請求」「5口頭による意見陳述の希望」)についてはてそれらが、原処分の違法事由とならないことは明らかである。
5 以上のとおり、本件更正処分および異議決定処分の各手続には請求人が主張するような違法性は存在しない。以下当該審査請求書の6において記載されているところに従つて、原処分の内容に違法性があるかどうかを判断する。
6 原処分の認定した所得金額は二、二一五、三二六円であるが、このうち四九〇、〇八〇円は誤りで、正当所得金額は一、七二五、二四六円である。以下一、七二五、二四六円を正当とする根拠を明らかにする。
(1) 下記四口の預金等は請求人の資産の売却代金が預入れされている等請求人の簿外預金であることを示す多数の事実があるが、これらの事実との関連において請求人の代表者山田初子は原処分の調査において、これら預金が請求人の売上(雑収入)脱漏に基づくものであることを認めていること、<2>川口昇という預金名義人は実在しない架空人物であること等の事実からみて、請求人の簿外預金であると認められる。
これら預金の期中預入額の合計額は二、一七六、二四二円であるが、<1>川口昇名義普通預金の三八年一月一六日預入一二六、七七〇円は三七年一二月二八日付で帳簿上売上として計上済みであり、<2>川口昇名義の定期積金の期中預入額一〇一、〇四〇円は前期末在高四八、九六〇円とあわせて一五〇、〇〇〇円を満期解約したうえ、同金額を川口昇名義の普通預金に期中預入れしているものと認められ、<3>三八年一月三〇日に川口昇名義普通預金から多田畜産からの簿外仕入代二五〇、〇〇〇円を支出しており、<4>三七年八月一三日に川口昇名義普通預金から川口昇名義定期預金に三〇〇、〇〇〇円が振りかえられているほか、<5>三八年三月四日車輛購入代金として川口昇名義普通預金から支払われた五三一、〇八八円は後記(4)のとおりの事情があるので、これら金額の合計額一、三五七、八五八円を右期中預入額二、一七六、二四二円から減算した残額八一八、三八四円は請求人の申告所得金額に加算されるべきものである。
<省略>
(2) 請求人は原処分の認定した貸付金一〇〇、〇〇〇円は存在しないとして、これを異議申立ての理由の一としている。その不服の具体的内容が、川口昇名義普通預金から三七年一二月二七日に払出されている一〇〇、〇〇〇円について、右金額は古関三郎に対する貸付金であり、右貸付金は同年末に返済されて右預金に再び入金されているから、原処分の認定では二重に所得に加算されたことになるというものである。即ちこのことは、本件審査請求に対する調査中において申請人の供述したところによつて明らかである。しかしながら右金額の貸付金が、同年中に返済された事実を証する客観的な証拠はなく、却つて関係人等の供述によれば右金額の返済は同年中ではないと認められるので、この点に関する申請人る主張は採用できない。
また、本件審査請求に対する調査中に請求人の主張した事実即ち川口昇名義通預金における三八年二月四日の入金一二〇、〇〇〇円は高橋義則に対する過去の貸付金に対する返済金の入金であるという事実についても、これを認めるに足る証拠がないので採用しない。
(3) 当期未には七一三、九三二円の売掛金の計上漏れが次のとおり存在するので、これを申告所得金額に加算する。
ダルマ食堂 一三一、三六九円
柳屋食堂 一二五、七九一円
山本畜産 一八五、一九七円
大貫食品 一四一、八六二円
国立神奈川療養所 一〇四、七一三円
桃太郎 二五、〇〇〇円
計 七一三、九三二円
(4) 帳簿上期末に支払手形として計上されている五六三、二〇〇円については、川口昇名義普通預金から五三一、〇八八円支払済であり、右五三一、〇八八円が正当な車輛購入代金であるから、架空支払手形として申告所得金額に加算する。
(5) 次の期末買掛金等は計上漏れであると認められるので、申告所得金額から減算する。
<1>多田畜産に対する期末買掛金 一八九、九六七円
<2>斉藤畜産に対する期末買掛金 一二九、一二二円
<3>山本畜産に対する期末買掛金 三三、四六六円
<4>ダルマ商事に対する関係先招待費期末未払計上漏れ 七五、九〇九円
計 四二八、四六四円
(6) 以上のほか、申告所得金額に加算、減算さるべき金額は次のとおりである。
(加算)
<1>価格変動準備金繰入額否認 一五、二一七円
<2>減価償却超過額 九、六八四円
(減算)
<1>前期分事業税認定損 三五、六五〇円
<2>前期分価格変動変動準備金戻入益認容 七、三七〇円
(7) 請求人は、昭和三九年四月二一日付異議申立書の「異議申立ての理由」において「更正総額を売上に加算する
別表
法人税の課税標準等および税額等の計算
裁決書別表(法人税用)
<省略>
加算税の額の計算
<省略>
とた粗利益率が二五・七%になり、食肉販売業の常識を越えた決定であるので取消を申立てる」と主張しているが、原処分の更正総額には請求人の資産(車輛)の売却代金四三〇、〇〇〇円等が含まれているので、更正総額を直ちに売上に加算して粗利益率を算出することは適当ではない。また請求人は「食肉販売業の常識」として具体的に何を主張するのか明らかでないので、本件審査決定に基く請求人の粗利益率の適否については理由として附記する必要を認めない。